アウレリオンの無神論アウレリオンの無神論は魔法の不信を必要としない。「力が存在する」ことを認めたうえで、第二段階――「力は崇拝に値する」という主張――だけを拒むところから始まる。崇拝なき力アウレリオンで無神論が可能なのは、資料がそれを単純な超自然否定とは別物として定義するからだ。信奉者は神々を否定しながら、魔法、自然、合理的探究を信頼する。この区別は、魔法契約、儀式火、動く遺跡、記憶盗取を観察できる世界では不可欠だ。無神論者は「何も起きなかった」と言い張る必要がない。効果がどれほど印象的でも、普通の人が再現できないというだけで神性になるわけではない、というのが論点である。運動は錬金術師と合理主義者に結びつき、信仰アトラスは多くの魔術師も含める。人間世界全体で数百万人と推計し、教団ではなく「政治勢力」と呼ぶ。この表現は範囲を広く保つ。資料に単一の無神論教会、信条、階層はない。共和国の監査官、ヴェルミルの錬金術師、エルフ遺跡を調べる古物学者は、別々の理由で崇拝を拒んでも、「神、教団、魔法的作動者は従う主人ではなく調査する現象として扱うべきだ」という点では一致できる。この立場が特に挑発的なのは、アウレリオンの深層宇宙論そのものが神と機構の境界を曖昧にするからだ。世界設定集は原初神を「存在の作動者・公式」として描き、分離機械は自由意志を持たずに身体、時間、記憶、機能を操作し、宗教制度は信仰を測定可能な軍事・魔法効果へ日常的に変換する。合理主義者は部屋のすべての奇跡を認めたうえで、「神という語は何を説明するのか」と問える。これは独立した無神論教義として資料に書かれたものではなく広い正典からの推論だが、実証的に魔法がある世界でも技術上流層が懐疑的でいられる理由を説明する。政治的代価は現実にある。資料は無神論が異端審問会の敵意を招くとし、とりわけ白王の下では信仰アトラス推計で5%未満に留まる。一方で、交易と知識の圧力によって傾向は成長しているとも記す。実験が成功するたび、祭司の説明と反復可能な手順を比較できる領域が一つ増える。だからアウレリオンの無神論は「脱魔術化の勝利」ではない。魔法に満ちた現実の中で、誰へ権威を与えるかについて競合する方法である。